トキワ荘から生まれた少女マンガを集めた企画展

豊島区立トキワ荘マンガミュージアム(東京・南長崎)

retroism〜article121〜

 ミュージアムに足を運ぶ楽しさは、なんといっても、本物や精巧に復元されたレプリカなどが見られることにある。もう一つ大きいのは、学芸員はじめ彼らの発案した切り口や視点のユニークさに触れられることだろう。東京都豊島区南長崎にある「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」で開催されている「トキワ荘の少女マンガ」は、「その手があったか!」と、マンガファンをうならせる企画展となっている。12月5日まで。

「トキワ荘の少女マンガ」のフライヤー
©︎手塚プロダクション、©︎水野英子  

 トキワ荘といえば、個性豊かなマンガ家たちが若かりし日に切磋琢磨(せっさたくま)した場所。男だらけのイメージがあり、彼らが一流のマンガ家として育っていった出発点でもあった。そこに少女マンガという意外な切り口を持ってきたのは大変興味深い。確かに、少年マンガは男性作家、少女マンガは女性作家が描くものという、いわば固定概念があった。ただ、考えてみれば、手塚治虫の「リボンの騎士」など、有名になった作品があるように、トキワ荘の面々も少女マンガを描いていたのである。

手塚治虫「エンゼルの丘」©︎手塚プロダクション

 同企画展では、彼らが描いた少女マンガの一部を、直筆や複製原稿、掲載誌及び単行本などで紹介している。今回の展示のために、手塚治虫が入居した1953(昭和28)年〜最後の住人・山内ジョージが退去した62(昭和37)年までの10年間を再調査し、入居者の少女マンガ作品リストを作成して展示している。また、同時期の10年間に出版された雑誌、活躍したマンガ家と変遷も紹介している。さらに、23(大正12)年に大日本雄辨會講談社(現・講談社)が創刊した「少女クラブ」編集長だった丸山昭氏とマンガ家たちとの結びつきも興味深い。赤塚不二夫と石森章太郎が「いずみあすか」名義で、赤塚不二夫と水野英子、石森章太郎の3人が「U・マイア」名義で描いた作品も楽しめる。

赤塚不二夫「まつげちゃん」©︎赤塚不二夫

 いわゆる少女マンガが、本格的に時代の表舞台に出てきたのは70〜80年代になってからである。池田理代子の「ベルサイユのばら」や萩尾望都の「ポーの一族」など、次々に女流マンガ家が現れた。それもこれも源流を辿ると、トキワ荘に行きついてしまう。小さなアパートの偉大さを改めて思い知らされる企画展とも言えそうだ。

 午前10時〜午後6時(最終入館午後5時半)。月曜休館(祝日の場合は翌平日休館)、特別観覧料大人500円、小中学生100円。ホームページからの事前予約優先制。問い合わせは03・6912・7706(豊島区立トキワ荘マンガミュージアム)

【レトロイズム編集部】

※手塚治虫、手塚プロダクション、手塚の「塚」は旧字体

 

 

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