「暑さもへっちゃら!」 昭和の夏休みの思い出

コラム其の拾肆(特別編)

retroism〜article115〜

 50年ぐらい前は、夏も今とは違っていた。

 例えば匂い。住宅街でも商店街でも、どこからともなく蚊取り線香の匂いが漂い、盛夏の訪れを告げていた。それでも子供たちの腕には、刺された跡が一つか二つはあった。煙をすり抜けた蚊の仕業に違いない。蚊帳の中で寝たのも夏の記憶にくっきりと残っている。親の実家に泊まりに行ったときには、寝つくまで、蚊帳の中で祖母がうちわで風を送ってくれた。快適だったが、朝起きると汗びっしょりだった。秋になっても、近所の駄菓子屋に行くと、不思議と同じ香りが残っていた。壁に満遍なく吸い込まれてしまっていたのかもしれない。

 住宅街を歩くと、それぞれの家から、蚊取り線香の匂いと共に、焼き魚やカレーのいい匂いが、今以上に漏れていた。クーラーのない家もまだまだ多く、玄関の扉や窓が開けっ放しになっていたからだ。カレーの匂いは冬でも感じられたが、夏ほどではなかったと思う。地球の温暖化やエアコン(クーラー)の室外機が関係しているらしいが、50年前の夏は今ほど暑くなかった。もう20年ぐらい前になるが、ビジネス街にあった屋台のオヤジが言っていた。「週末は平日に比べて涼しいんだよ。あれは室外機のせいだな」。なるほどである。蚊取り線香は夏の必需品であり、夏の匂いそのものだった。

 風鈴もよく見かけた。太陽の熱を遮るために軒につるしていた簾(すだれ)とセットで飾られていることが多く、風にゆられて「チリン、チリン」と鳴っていた。音で涼しさを感じようという、日本人らしい風流な発想だ。簾の間からのぞくと、ガラス製の風鈴の表面に朝顔や金魚などの絵が描かれている。確かに涼しげだ。ただ、子供にとって、音で涼しさを感じることはなかったように思う。暑さなんかへっちゃらだったからだ。いくら暑くても家の中で遊ぶより、空き地や原っぱで遊ぶ方が楽しかった。

 その頃は、夏といえども、朝晩はわりと涼しかったと記憶している。学校の先生も、「朝の涼しいうちに宿題をやってしまいましょう」などと学期末に言ったものだ。まあ、涼しかろうが暑かろうが、多くの子供たちにとって、宿題をやるのは早くてもお盆過ぎ、長い夏休みを遊び尽くす方が当然のように先決である。ただ、夕方は涼しくなった。もちろん毎日ではないが、暑い日に限って夕立ちが降り、一気に地面と空気を冷やしてくれた。熱帯夜などという言葉も、あまり聞かなかった気がする。気温が下がらず、寝苦しい夜はあったが、少なくとも毎日ではなかった。

セミの鳴き声と風鈴の音がまるでハーモニーのように聞こえることすらあった。

 50年前、細い路地裏にあるような住宅街では、おばあちゃん(おばちゃん)らが水をまいて地面を冷やした。夏の日差しは容赦なく水を蒸発させるため、時間をおいて、打ち水が日に何度か行われた。一瞬だけ周囲は涼しくなった。縁台も随所に並んだ。夕方になると、ステテコとランニングを着たおじいちゃん(おじさん)が蚊取り線香を横に、たばこを吸いながら、夕涼みを楽しんだ。もう片方の手にはうちわ。足や手に蚊が止まると、そのうちわでパンっとたたいて追い払う。うまくいけば殺すこともできた。が、失敗するとその部分は赤く腫れ、ポリポリとかきながら、夕涼みは続く。近隣の顔見知りが1人、2人と集まり、男同士のたわいない話が始まった。家の前までは、ランニングとステテコで良かったが、出かけるときには甚平や浴衣などを羽織る。派手な色遣いの花柄、腰に巻くタイプのエプロンをつけたままの妻と二人、近所の商店街まで、ちょっとした買い物だ。妻は直角に曲げた腕に買い物カゴをぶら下げていた。妻が近所の知り合いに会うととめどない話が始まってしまう。すると、男は手持ち無沙汰だ。汗をしきりにぬぐいながらたばこを吸い、時々話に割り込むが、主役にはなれなかった。

昭和の夏休みには虫取り網と虫かごを持って走り回る子供たちの姿が多く見られた

 50年前、子供の服装は半ズボンにランニングシャツ、頭には巨人軍(関西では阪神)のマークの入った野球帽かつばの広い麦わら帽子というのがお決まりだった。夏休みには、虫取り網と虫かごをたすき掛けにして、バッタを採ったり、林に入ってカブトムシやクワガタを追いかけた。日によって収穫は違っていたが、たくさん採れた日には、満足して家に帰り、得意げに両親にその日の成果を報告したものだ。その後は汗を流すために、洗濯用のタライに水を張って行水。友達や兄弟たちとかわるがわる水浴びを楽しんだ。父か祖父に作ってもらった竹製の水鉄砲で奇声を発しながら遊んだ。

 50年ぐらい前の夏。たかだか半世紀前だ。その間に、夏の様子もずいぶん様変わりした。

文・今村博幸

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