大都会の片隅で至極の抹茶と昔日の風景を味わう

古桑庵(東京・自由が丘)

retroism〜article95〜

 土地に根を張り、歳月を重ねるごとに輝き続ける建物がある。自由が丘の街が途切れるあたり。忽然(こつぜん)と現れる歴史を湛(たた)えた民家で営まれる茶房「古桑庵(こそうあん)」が放つのは、昨今造られた建造物には持ち得ない、奥深いきらめきである。上品な語り口が印象的な、店主の中山勢都子(せつこ)さんが言う。「この家があるから、店をやっている意味があると考えています」

店内には庭の木々の枝の間を通ってくる木漏れ日が降り注ぐ。恋人同士が、より一層仲睦(むず)まじく見える

 みずみずしい緑がふんだんに茂る庭を横切リ、靴を脱いで店内に入ると、誰もが懐旧の念を禁じえないだろう。かつての日本家屋に当たり前にあった畳があり襖(ふすま)があるからだ。客は一様に「あぁ、畳だ」と目を輝かせると言う。混雑時には、玄関に多くの靴が並ぶ。「若い人たちは、『田舎のおばあちゃんの家に帰ったみたい』とか、『お正月や法事みたいだね』と思われるみたいですよ」

抹茶からは、甘露な香りが立ちのぼる。北海道十勝産の小豆を使った最中は、供する直前にあんを詰めるので皮もパリパリだ

 古桑庵が、現在もかつてのたたずまいをとどめているのは、きちんとメンテナンスがなされているからだ。その中心にいるのは老齢の大工である。「彼は、80歳を過ぎていますが、家のことで何かあればすぐに飛んできてくれます。家具や建具はおろか水道、電機などに不具合が生じた場合でも、原因と直し方をちゃんと分かっているのが頼もしいんです」。それは、長い年月とともに家の歴史に寄り添ってきた、大工という職業の人間にしか対応できないことである。彼が中山さんに対して放った言葉は、ある意味至言だ。「『木造の家は直せばいつまででも住めるんだから、そのつもりでいろよな』って、大工さんに言われています」。庭に関しても、中山さんが子供の頃から面倒を見ている植木屋(現在は2代目)が手入れを引き受けている。

  人形作家である中山さんの母親の作品。
温かい人柄が表情ににじみでている  

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