戦場に散った写真家・沢田教一の遺品を常設展示

日本カメラ博物館(東京・一番町)

retroism〜article82〜

 カメラはふた昔前まで銀塩だった。趣味としての用途はもちろん、戦場で職業カメラマンが仕事の道具として使ったのも当然のように銀塩である。中でも、後世に大きな足跡を残した一人が、報道写真家・沢田教一(1936−70年)だ。

沢田教一が愛用したヘルメット(左)、ローライフレッ
クス
2.8C・1953(昭和28)年(上)、ライカM2・65
(同40)年(下)=写真はいずれも日本カメラ博物館提供  

 ピューリッツア賞をはじめ、ロバート・キャパ賞、世界報道写真展グランプリなどの賞を受賞した沢田の没後50年を記念して、日本カメラ博物館(東京都千代田区一番町)は11月3日(祝)、沢田が愛用したカメラやヘルメットなどの資料を常設展示するコーナーを設けた。

 1936(昭和11)年に青森市生まれた沢田は高校卒業後、地元の写真館に就職した。そこで後に妻となるサタさんと出会う。61(同36)年にUPI通信東京支社に勤務すると、65(同40)年には休暇を取り、自費でベトナム戦争を取材して、幼い子を抱えて、川を泳いで逃げる家族を撮影した「安全への逃避」がピューリッツア賞に輝いた。その後、同通信香港支局を経て、同通信サイゴン支局へ赴任していた70年10月28日、カンボジアにて銃撃に倒れた。享年34歳だった。

沢田が受賞したピューリッツア賞の賞状=1966年

 今回新たに加わるのは、愛機のライカM2、ローライフレックス2.8C、記者証など。青森県弘前市在住の沢田の妻・サタさん宅に残されていた遺品を中心に常設展示している。

 同博物館の石王咲子さんは「沢田教一の没後50年という節目の年に、愛用品などの資料を展示できる縁に恵まれ光栄に感じている。収蔵した貴重な資料の整理もすすめ、今後も多くの人に沢田教一の業績を伝えていきたい」と話している。

今回常設された展示コーナー。沢田の愛用品や貴重などが並ぶ

 開館は午前10時〜午後5時。月曜休館(祝日の場合は開館、翌日休館)。入館料は一般300円、中学生以下無料。団体割引(10人以上)一般200円。問い合わせは同館(03・3263・7110)。

 【レトロイズム編集部】

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