レトロ散歩 其ノ陸

あとがき

 まるで、心を踊らせる遊園地のアトラクションへと誘うエントランスように、ポッカリと口を開けていた。埼京線十条駅北口。芝生を敷き詰めたロータリーの向こう側にある十条銀座は、新旧入り乱れた各種店舗が並ぶ、商店街フリーク(そんな人がいるかどうかは定かではないが)にはたまらないアーケード街である。

 通りを歩いていて印象的なのは、聞こえてくる客と店員、または客同士の会話だ。商店街というものは本来、主婦たちの井戸端会議が開かれるのをはじめ、人と人が会っておしゃべりする場所でもあったことを思い出させる。

 ある揚げ物屋の店先では、メンチカツが欲しかったとおぼしきおばさんが、店員に尋ねていた。「今日はメンチないの?」。後ろからチラッとのぞくと、なるほど、メンチと書かれた値札がついたデリカバットは空だった。「揚げればあるけど、いま鳥の唐揚げやってるから、その後にもう一度(メンチ)揚げるよ」と店主らしいオヤジ。「じゃあ、先に他の店に買い物に行って帰りに寄るわね。お金払っておこうかしら」。「いいよ後で」。その言葉を背に受けながら、おばさんは去っていく。

 また別の店では、30円のコロッケを見つけ思わず買ってしまった。「ずいぶん安いですね」と聞くと、「うちはだいぶ前からこの値段でやってるよ。その分たくさん売らないともうけが出ないんだ。薄利多売で頑張ってるよ」。まさに下町の心意気といったところか。思わず購入し食べてみると、値段に見合わないうまさに驚かされる。

 また、魚介を使った総菜を扱う鮮魚店では、こんな会話が交わされていた。刺身を買おうとしていた若い女性客が言う。「このブリの刺身、明日食べても大丈夫?」。「ダメダメ。今の季節どんな新鮮なものでも、今日食べなきゃ。必ず傷むしうまくなくなっちゃうよ」と叱られていた客は、「じゃあ今日食べる」と言って刺身を買っていくのだった。

 まだこんなことがあるんだと感心させられたシーンにも遭遇した。総菜店のおばさんが、乳母車に乗った買い物客の娘に、つまようじに刺した唐揚げをサービスしていたのだ。「はい、これおまけよ」と言って手渡し、子供はうれしそうに「ありがとう」と言った後、おいしそうに頬張った。

 いかにも昔ながらの商店街といった雰囲気の中で、もう一つ目を引くのが、T–シャツや女性者のブラウス、下着、靴下など、十条のモードをけん引する衣料品や雑貨を売る店。たまたまだと思うが、通りがかった時には人だかりができていた。

 人々の会話を含めた交流がいまだにしっかりと残るアーケード商店街。それが、十条銀座だ。ここでの買い物は、どう考えても楽しくないわけがないのである。

 一度は訪れたい古き良き昭和の香り漂う商店街だ。

文・今村博幸 撮影・SHIN、今村博幸

※新型コロナウイルス感染拡大で、現在取材を自粛しております。当面、特別編や路地裏を歩くを配信する予定です。ご了承ください。

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