谷根千(東京・荒川区、台東区、文京区)
retroism〜article71〜
下町風情漂う谷根千には着物・浴衣姿がよく似合
う。近年、こういった着物レンタル店が増殖中だ
涼しげな風鈴の音色に昭和にタイムスリップしたよ
うな錯覚に陥った。暑さを忘れさせてくれる瞬間だ
猫の街としても知られる谷根千には、あちらこちらで猫のオブジェが飾られている
観光地化が著しい一帯だが、一歩路地裏
に入ると郷愁を誘う風景が残っている
惜しまれながらも2012(平成24)年に閉店した「中華料理 春木屋」
看板建築が目を引く千駄木の「尾張屋」。見ているだけでも楽しい
地元のおばちゃん御用達? 昭和の面影が色濃く残る「みね美容室」
地元の人なら知らない人はいないほどの有名店「キッチン マロ」。ノルタルジーを感じる外観がGOOD!
※印が印象的な千駄木の「高橋屋米店」。南魚沼産有機栽培米コシヒカリをはじめ、常に十数種類のお米を取り扱っている
かき氷もおいしい千駄木の「甘味処 百(もも)」
江戸川乱歩の小説「D坂の殺人事件」に登場するD坂は団子坂のこと
招き猫グッズを扱う「開運 谷中堂」。ここにも猫のオブジェが! カフェ・スイーツ店も併設されている
観音寺の築地塀は2000(平成12)年に国指定の有形文化財に登録された
シブさを醸し出している扇風機のオブジェ
思わずまったりしたくなる「散ポタカ
フェ のんびりや」。看板に偽りなしだ
谷中の老舗中華料理店「珎々亭」。看板に
誘われ思わず入店する人も少なくない?
愛玉子は果実アイギョクシから作られるゼリーの台湾屋台スイーツだ
谷中のランドマーク的存在といえる
「カヤバ珈琲」。タマゴサンドが絶品
猫づくしの古民家カフェ「ねんねこ
家」。脇の社(やしろ)もカワイイ
ねんねこ家近くでリアルキャットと邂逅(かいこう)。人懐っこさが印象的だった
玉林寺脇の小径(こみち)を進むと現
れる「野田家専用井戸」。今も現役だ
あとがき
路地裏は、大通りとは世界が別だ。角を曲がった瞬間に空気は一変し、垣間見えるのは、そこに住む人たちの暮らしである。路地裏を曲がる手前、大通りの商店街にあるのは、日常を埋めるパーツだ。
本来あるべきモノが、あるべき姿で、あるべき場所にある。米は米屋で、魚は鮮魚店で、野菜は八百屋で買う。そんな当たり前だったはずの買い物の形は、大型スーパーやコンビニなどの台頭で、すっかり様変わりした。谷根千エリアを歩いてうれしいのは、建物も含めてかつての商店が姿を変えずに残っているところだ。戦争で焼けなかったのも幸いした。夕焼けだんだんから、よみせ通りにかけて並ぶ「古き店」が、この地域の主役だ。
谷根千は、猫の町でもある。そもそも路地には猫が多いと思われているし実際にその通りだ。そんな俗説を差し引いても、谷根千の路地裏こそが猫の住処(すみか)、と言っても過言ではない。それを決定付けたのは、かの夏目漱石である。イギリスから日本に戻った漱石は、本郷区駒込千駄木町57番地に住んだ。この古い家が「猫の家」と呼ばれるようになったのは、処女作「吾輩は猫である」がここで生まれたからに他ならない。
商店街や街中を歩いて目に飛び込んでくる景色は、小売店に加え、お地蔵さんや小さな祠(ほこら)。さらに小憎らしいのは、ところどころにさりげなく置かれた木製の縁台だ。これからの季節、風流をさりげなく演出することになる。買い物の途中なのか、仲の良さそうな老夫婦が座り、ペットボトルのお茶を飲んでいた。ぴったりとくっついていたが、言葉は交さない。夕食の買い物に二人で出かけた帰り道、ひと休みしているらしく、これから家へ戻るといったところか。部屋に着いたら、おじいさんは妻の作る料理の音や匂いを感じながら、テレビでも見ながら夕食を待つ姿が想像できる。谷根千では、人として最も基本的で温かで大切な、かつ素朴な事柄がとても似合うのだ。
帰り際、一つの路地へと入ってみる。三輪車と補助付き自転車で子供が遊び、おばあちゃんが優しいまなざしで孫たちを見守っていた。見上げると、民家のベランダに干してある洗濯物が7月の湿った風にはためき、気持ちよさそうに揺れていた。
文・今村博幸 撮影・SHIN
※新型コロナウイルス感染拡大で、現在取材を自粛しております。当面、特別編や路地裏を歩くを配信する予定です。ご了承ください。