古今東西老若男女に愛される洋食屋は永久に不滅

コラム其ノ伍(特別編)

retroism〜article65〜

 子供の頃、どんなものにワクワクしただろう。憎き敵をやっつけるウルトラマンや仮面ライダー、野球が好きなら王貞治や長嶋茂雄、漫画・アニメならあしたのジョーや巨人の星などなど、気持ちを高揚させるモノは人それぞれあった。食べ物に関してはやはり洋食に勝るものはない。すしやうなぎに心弾ませる子供はあまりいないのではないか。彼らはスッポン鍋に、「わーい」と声を上げないし、懐石料理や精進料理を本気で食べたいとは思わない。ラーメンやチャーハンは子供ながらにうれしいが、ウキウキ感はそれほどない。

 デパートの最上階にあった和洋中なんでも食べられるレストランの定番メニューであるお子様ランチがそれを証明している。あの小さなプレートに乗る料理の数々は、すべて洋食だったのだ。

東京・西永福にある「つりぼり 武蔵野園」に併設され
た食堂で食べられる昔ながらの「オムライス」。濃厚
な味がたまらない。メニューには人気ランキングが
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されていたが、上位にはやはり洋食が並ぶ  

 老舗洋食屋には魅力あふれる風景があったし、いまだに残る。手で押して入るすりガラスのついた木枠の扉。銀色で楕円(だえん)形の皿、三角に折った紙ナプキン(折り方は、地方によって異なる。横浜は四角く折るのが基本)などがそれだ。椅子とテーブルは2通りある。食堂的な店のテーブルには、デコラの天板にアルミ製の脚、天板の下には手荷物を置くためのすのこ式の棚がついていた。とはいえ、スポーツ新聞や漫画雑誌などが無造作に置かれていて、客の荷物はほぼ置けない状態の店が多かった。椅子は、骨組みが鉄またはステンレスのパイプ製で背もたれと座面はビニールで覆われている。こういう店でオムライスなどを頼むと、水を入れたコップにスプーンを入れて出してくれた。今ではすっかり見なくなったが、秩父の名店「パリー食堂」では、いまだにこの方式をとっている。

 一方で、やりすぎと思われるほど、重厚な家具を並べる店もあった。テーブル、椅子ともに木製で、椅子の座面は、合皮や本革が張られていたが、年季が入ってスプリングはブカブカ、ところどころ破れた部分にガムテープが貼ってあるなんてのもあった。そういう店は、柱もアール・デコ調だったり微妙にコリント式だったりする。値段設定も独特なものが多かった。サラダが1000円以上やぺらぺらのステーキが4000円越えなど今では考えられないような値段設定だった。当時は生野菜を食べる習慣がなかったり、ステーキが珍しいものであった日本ならではかもしれない。

  店の前に立つだけで圧倒される秩父の洋食屋「パリー食堂」。いまだ残る看板建築で食す、懐かしさ抜群の洋食は、わざわざ出掛ける価値ありだ

 老舗の洋食屋が新規の店と大きく違うのは店に染み付いた匂いだ。鉄製のフライパンにも、ケチャップが焼ける匂いが染み込んでいる。肉を焼いた肉汁や野菜の旨味みをフライパンがたっぷりと吸い込んでいて、そこから繰り出される料理がまとっているのが、まさに「洋食の匂い」なのだ。まともな料理人なら、それを嫌って、オムレツを焼くフライパンは専用を用意する。

 洋食屋には、絶対に外せない頼むべき料理がいくつかある。まず第一に挙げたいのは、カレーだ。今となっては国民食とも言えるカレーは、原点をたどればインドであって洋食(西洋)ではない。しかし日本におけるカレーは洋食屋で出されるカレーライスだ。インドからイギリスに渡り、そこから日本に輸入された経緯が日本人に、「カレーは洋食」 のメージを植え付けたと思われる。今は、インド料理屋がたくさんあるが、日本風のカレーを食べるなら間違いなく洋食屋なのだ。器からして実に洋食屋然としている。独特な形の銀のソースポットにカレーが別盛りになっているのが正道である。マナーでは、一口ずつかけながら、というのが本来らしいが、最初に全部ドバッとかけちゃっても、食べる人の好みで問題なしだ。

 カレーライスは、まさに子どもの心を嫌が応にも奮い立たせた。かつて密閉性がなかった家が並ぶ路地裏を歩けば、どこからかカレーの匂いがしてきた。それだけで、歩調は軽やかになった。ましてや自分の家からだとわかった時には、間違いなく早歩きになった。キャンプでは、みんなで力を合わせてカレーを作った。そういう意味では、最初に手がけた料理がカレーという御仁も少なくないはずだ。

定期的に食べたくなる、東京・竹橋の「タカサゴ」の手間暇かけたカレー。見かけも味も昭和の洋食屋で供されるカレーライスそのものだ。

 次に来るのは、オムライス。これは洋食屋でしか食べられない一品だ。当然のことながら、フワフワトロトロの半熟卵はかかっていない。きっちりと焼いた薄焼き卵でケチャップ味のチキンライスが巻いてあるものが正しい。現在では、ホワイトソースやデミグラスソースなどをかける店も少なくないが、やはりケチャップライスに薄焼き卵、その上にさらにまたケチャップが王道だ。

 もう一つ、絶対に外せないのがハンバーグである。横浜に24時間営業(現在は午前9時半〜午前0時)の洋食屋「コトブキ」があり、夜中にはさまざまな人間模様が繰り広げられていた。椅子は合成皮革の座面のところどころでスプリングが壊れていて座りづらかった。テーブルは木製で重厚、まさに「THE洋食屋」といった様相を呈していた。筆者はそこで、よくハンバーグを頼んだが、肉はカチカチ、デミグラスというよりグレービーといったほうがいいソースなど、何もかもが真の洋食屋だった。余談だが、筆者の知り合いは、この店で深夜、レバカツをつまみながらビールを飲んで女を口説くのが常だった。

 話が横にそれたが、ハンバーグの最重要ポイントは、店が精魂を傾けるデミグラスソースだ。店の個性であり命である。特徴的なのは、苦みのあるタイプ。ありふれた言葉で言えば、大人の味とでも言おうか。肉汁の味を前面に出したグレービーなタイプもあれば、甘さを強調したものまでさまざまだ。それぞれ、店主の味に対する考え方で変わる。この「店主の味に対する考え方で変わる」ところがその店の価値であり、料理を味わう楽しさでもある。横浜の丘の上にある老舗の洋食屋「山手ROCHE」は、どちらかというと甘めだ。料理長の説明には説得力があった。「牛肉には甘めのソースの方が合うと僕は考えています。焼肉にしても、日本料理のすき焼きにしても、甘いタレで食べるでしょう? あれにはやはり意味があるんですよ」

 さらに、老舗洋食店には、絶対的共通点がある。野菜の皮むきから肉の処理、ソース、サラダのドレッシング一つを取っても、絶対に手を抜かず、自らの手から生み出すことだ。間違っても、既製品は使わない。理由は明快で、彼らが表現者でありアーティストだからだ。自分の信じる「味」を客に提供し喜んでもらいたい、感動を与えたいという強い思いがあるからだ。

 その「気概」がある限り、洋食屋はこれからも生き続け、子供だけでなく、大人の心を踊らせる。血の通った料理は誰がなんと言おうとうまいのだ。

  文・今村博幸 撮影・伊藤千晴、柳田隆司、岡本央

※新型コロナウイルス感染拡大で、現在取材を自粛しております。当面、特別編を配信する予定です。ご了承ください。

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