令和に訪れたい昭和の文化漂う胸キュン喫茶店

コラム其ノ弍(特別編)

retroism〜article62〜

 入り口の扉を開けて一歩店内に足を踏み入れた途端、空気が一変する。喫茶店は本来そういう場所だった。外の世界とは全く違う時間が流れていることを実感させてくれるのは、まずコーヒーの香りだ。同時に存在していたのが独自の文化であり、喫茶店はその発信基地でもあった。コーヒーの香りで満たされた空間から文化が生まれ、大衆へと広まっていった。

手動の蓄音機が現役の「民芸茶房 木亭」で、母が淹(い)れるコーヒーと娘が作るプリン

 30年ほど前だが、作家のねじめ正一さんにインタビューしたことがある。喫茶店特集のコラムだったと記憶している。彼は言った。「僕は喫茶店で原稿を書くことがよくあります。執筆に行き詰まると、店を出て他の喫茶店まで歩く。歩いている間にアイデアが浮かんで喫茶店に駆け込んでコーヒーを注文し、また原稿を書きます」。特に詩はこの方法が有効だったらしい。「歩いている間に言葉が頭の中で湧き上がってくる。それがあふれそうになると喫茶店に飛びこんで勢いで書く。詩が一本出来上がることも多いんです」。ねじめさんに紹介してもらった行きつけの喫茶店には、東郷青児の大きな絵がかけられていた。もちろん本物だ。当時はいわゆる名画が飾られた(ほとんどは複製だと思うが)、美術館のような店も少なからずあった。

 喫茶店を構成する重要な要素の一つが音楽だ。かつて渋谷の東急ハンズの脇に、「ヘッドパワー」という喫茶店があった。夜は酒も飲める店だった。靴を脱いで上がる広い店で、片隅に設けられたステージでは主に生ギター1本での生演奏が繰り広げられていた。コーヒーが特別うまいわけではなかったが、多くの若者が友達や恋人と連れ立ってコーヒーを飲み生演奏を聴いた。その頃まだ無名だった南佳孝がステージに上がることもあった。ピックが弦を弾く音や指が弦と擦れる音がダイレクトに聞こえる貴重な場所だった。まさに音楽という文化で満たされた空間である。

 また音楽がらみで、ぜひ記しておきたいのが東京・神泉にある「B.Y.G.」だ。現存しているが夜だけの営業。かつては昼からコーヒーやビールが飲めた。一日中流れていたのは、いわゆるアメリカンロック。客は、カントリーをベースに都会的なサウンドでヒット曲を量産していたイーグルスを聴き、ザ・バンドの泥臭い演奏に酔いしれ、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの美しいハーモニーに耳を傾けた。地下にバンド練習用の安いスタジオが併設されていた。金のない学生にとって、ありがたいスタジオには、フェンダーのアンプなど、かなり充実した機材を使って練習ができる穴場だった。 

レスポアールにあるレコードプレーヤーは未だ現役でイージーリスニングを流している

 レコードも、喫茶店文化の一つと言っていいだろう。横浜にその名を轟かせた「ちぐさ」は、ジャズ喫茶の先駆けであり、渡辺貞夫をはじめ、多くのミュージシャンが通ったことでも有名だ。少しばかり懐かしい呼び名である名曲喫茶「ライオン」(東京・渋谷)も健在だ。深みのある音で流れるクラシック音楽がファンを惹きつけてやまない。

 今は利便性重視で、有線放送やネットで配信された音楽を流す店がほとんどだが、こだわる店ではほぼ100%レコードだった。店のオヤジが一枚ずつターンテーブルにレコードを乗せるのが当たり前。時代の流れにどうこういうつもりはないが、いまだに本当にいい音を求めてターンテーブルでレコードを流している店も少なからず残っているのもまた事実だ。その一つが神奈川・鎌倉にある「レスポアール」。主人の飯島光男さんはにこやかに言った。「手間をかけてコーヒーを淹(い)れ、わざわざターンテーブルにレコードを置いて音楽を流す。その手間が僕の仕事なんですよ」。しかも、今時、全面喫煙可をホームページでうたう。「コーヒーを飲むと吸いたくなりますからね」。そう言ってたばこに火をつける飯島さんは、「たばこも文化」だと言いたげだった。

「楽屋」の店内には隅から隅まで文化が散りばめられて、染み込んでいる

 東京・新宿末廣亭に寄り添うようにある「喫茶 楽屋」の店内の隅々に漂うのは、寄席の香りだ。店主・石川敬子さんがハキハキと言う。「寄席の香りがあるから、芸人さんたちがくつろいでくださると思うんです。とてもありがたいことです」。芸人のオアシスとして機能しながら、彼らを支えてきた喫茶店である。「この空間には笑いしかありません。愚痴や泣き言を言うほど、芸人さんは暇じゃありませんからね」とは、石川さんが言った最も印象的だった言葉。芸人の真の姿を知っている者にしか発することができない、心に響くすてきな言葉である。

 そして忘れられないのが、腹を満たしてくれた、喫茶店ならではのフードだ。その最たるものがナポリタンだろう。埼玉・秩父にある「パーラーコイズミ」では、1960年代の終わり頃、秩父という土地に当時誰も見たことも食べたこともなかったナポリタンをもたらし、多くの人々に驚きと喝采をもって迎えられる。「最初は、どんな食べ物なのか説明するところから始まったんですよ」というのは、店主の小泉建(たけし)さんだ。腹ペコだった当時の若者の味方は、厚切りのトーストに具材を乗せたメニューだった。ピザトーストやチーズトースト、ツナが乗ったトーストなどが、夕食前の小腹をちょうどいい感じで落ち着かせてくれた。

 さらに、昭和の喫茶店で忘れてならない飲み物もある。コーヒーはもちろんだが、メロン味のソーダー水、そこに丸いアイスクリームを乗せたクリームソーダ、レモンスカッシュなどは、まさに昭和の喫茶店ならではだ。

 コーヒー、レコード、音楽、フードの全てが一つになって形成された喫茶店は、まさに文化そのものである。そんな昭和の喫茶店を、改めて訪れてほしい。思いもよらぬ新しい発見が必ずや待っているに違いない。

文・今村博幸 撮影・柳田隆司

※新型コロナウイルス感染拡大で、現在取材を自粛しております。当面、特別編を配信する予定です。ご了承ください。

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