未だ色褪せぬ歌謡曲は現代のセカンドインパクト

コラム其の壱(特別編)

retroism〜article61〜

 みんな歌謡曲が好きだった。

 新宿にある「ディスクユニオン 昭和歌謡館」に一歩足を踏み入れた誰もがそう思う。オレもあたいも歌謡曲が好きだったんだと。

 昭和の時代に聴いていた曲が、カーラジオなどから流れてくると、思わず聴き入ってしまう経験は誰にでもあるだろう。それらの曲を聞き返してみると、凄さに改めて驚かされることもしばしばだ。例えば「襟裳(えりも)岬」。作詞・岡本おさみ、作曲・吉田拓郎、歌ったのが森進一である。まず凄いのがこのメンバー。さらに、詩は極めて牧歌的(つまりフォークソング的)であり情緒的だ。行ったことがなくても、まるで北海道南端にある岬にたたずんでいる錯覚におちいる。心に染み込むのは、拓郎のしっとりした美しいメロディー。歌っているのは、唯一無二の声の持ち主である偉大なアーティスト森進一である。「いまだに活躍している多くのミュージシャンは、歌謡界になんらかの足跡を残している」と言ったディスクユニオン昭和歌謡館の店長の言葉を、この襟裳岬という歌ひとつで証明してしまっているのだ。

かつては音楽を聴く前段階として、LPジャケットのデザインも重要だった

 昭和歌謡に括(くく)れるかどうかわからないが、日本のフォークソングも我々の心に残っている。50年近く前に大ヒットした曲を、ミュージシャンたちはいまだに歌っている。それなりに歳をとり、顔や髪形が変わってはいるが、声は全く変わってないのが面白い。ただ歌い方だけは少しだけ変わっているのだ。

 どこかの対談で、吉田拓郎が言っていた。「僕らの詩は、かなり成熟していたんですよ」。確かに、考えさせられる歌詞に扇動され、熱狂させられた。拓郎が自分が越えられない壁だという曲が「落陽」だ。かつては、勢いが目立っていた吉田拓郎も、70歳を過ぎて一段上の高みへと到達している。当時多くの音楽好きに大きな喝采とともに受け入れられた高中正義がゲストギタリストとして参加したライブは、今から見れば、勢いのみの感が否めない。ところが、最近のライブで披露される落陽は、正当なクラシック音楽の趣さえ漂わせている。名状しがたい威厳が備わっているのだ。

 また、「氷の世界」を何年か前のライブで歌う井上陽水の姿をYouTubeで見つけた。もともと迫力のある顔ではあったが、今では凄みを増し、アレンジを現代風に変えて、ギターを持たずに歌う陽水の姿は神々しくさえある。なんども歌うことで磨かれ、何段階かステージが上がった氷の世界を聴かせている。

ヨーロー堂の2階にあるキャンペーン用の舞台の脇にはかつてのヨーロー堂のロゴが残る

 2曲ほど巨匠的ミュージシャンの懐かしい曲を出したが、他にも多くの歌手が同じような伝説的演奏や歌唱を残してきた。それが日本の昭和歌謡のありし日の真の姿なのである。昭和歌謡のジャンルの中で外せないのが演歌だ。浅草にある「音のヨーロー堂」の店主・松永好司さんは言う。「演歌の歴史は長くはないけれど、昭和音楽の象徴です」

 確かに、当時のテレビ番組では、半分ぐらいが演歌歌手の歌声を聴くことができた。彼らの偉大さは、個性にあった。それぞれの声は、他の誰の声ではもちろんなく、その人の声そのものだった。五木ひろしにしても、森進一、八代亜紀、北島三郎にしても、彼らにしか出せない声と歌唱法で聴く者を魅了した。ワンフレーズ歌っただけで、その人だとわかるほどの存在感が確実にあったのだ。演歌歌手だけではない。御三家と言われた、舟木一夫、橋幸夫、西郷輝彦も、新御三家と言われた、西城秀樹、野口五郎、郷ひろみ、花の中三トリオ、森昌子、山口百恵、桜田淳子にしても、全員の声が、当然のように全く違う。こんな当たり前のことを書かなくてはいけないのは、音楽に携わる全ての人の個性が過去には存在し、かつ今は無くなってしまったに等しいからである。

ディスクユニオン昭和歌謡館の店内へ降りていく階段で目にするそそられるポスター

 「歌は世につれ世は歌につれ」と日本人で初めて言ったのは、昭和の名司会者・玉置宏その人だった。(正確にはことわざだが、電波に乗せて、あまねく世間に広めたという意味では玉置氏が最初と言って良いだろう)。彼はまさに昭和歌謡をバックから盛り上げた人の一人である。

 今の歌手に個性がないのは、今の世の中が個性を求めてないからかもしれない。みんな同じでいい、みんなが同じじゃないと嫌だと思っているからかもしれない。時代の流れをどうこういうつもりは毛頭ない。そういう流れがあるならばそれはそれでいい。しかし、一言尋ねたいのは、「それで面白いのか?」という問いだけである。誰もが同じなら、自分が存在する理由もなくなってしまうではないか。

 昭和歌謡は、かつて存在した遺産である。しかし、その遺産が最近復活してきている。その一つがディスクユニオン昭和歌謡館や、音のヨーロー堂などに客がたくさん訪れている現象である。この紛れもない事実は、過去に作られた個性あふれる音楽や歌声がいまだに生きていて、発信する個性豊かな人たちがいまだ健在であることの証明だ。


文・今村博幸 撮影・柳田隆司

※新型コロナウイルス感染拡大で、現在取材を自粛しております。当面、特別編を配信する予定です。ご了承ください。

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