古典が現代に蘇る装丁に酔いしれる サロンの顔も

あおば堂(東京・上野桜木)

retroism〜article60〜

 「吾輩は猫である」は、夏目漱石の処女作である。初版本は1905(明治38)年に出版したが、驚くべきはその豪華な装丁。誕生した裏には、漱石のヨーロッパでの体験があったと言われている。

美しい装丁の復刻版が並ぶ棚は、見ているだけでワクワクさせられる

 当時38歳だった漱石は、東京・千駄木にある自宅の書斎に東京美術学校(現・東京芸術大学の前身)で西洋画を学んだ橋口五葉を呼んで、装丁を依頼した。漱石は五葉にこう言った。「今度、『猫』を出版することになってね。その装幀(そうてい)を君に頼みたいんだ」。

 当時、漱石の思いの中にあったのが、留学中のヨーロッパで目にした、革装や金箔(きんぱく)押しなどが施された美しい表紙の本だった。高くて売れなくてもいいから、同様の立派な本を出したいと版元に申し入れ、出版社もそれを承諾する。「上編」に描かれたギリシャ彫刻のような巨人猫、右手に持つペンが槍(やり)になっているのは、文明批評と風刺で世の中を切り裂いていくことを表しているという。

「坑夫」と「野分」が収録された「草合」の復刻
版。初版本には漆や金箔が使われていた

 「吾輩は〜」に限らず、当時の装丁の多くは贅(ぜい)を尽くした工芸品である。見ているだけでも惚れ惚れしてしまうのだ。そんな凝った装丁の復刻本(古本)を集めた棚を持つ古本屋が、上野桜木にある「あおば堂」である。店主の青木美智子さんがにこやかに話す。「存在は知っていましたが、京都を訪れた時に見て、ツボにはまり、店に並べるようになりました」

 どれも、過去に作られた美しい初版本を残そうと復刻されたものだ。「もともと本は、高価で大事なものだったと思うんです。それが復刻とはいえよくわかる。とても奇麗です。特に、橋口五葉が手がけたものは凝っていて素敵です」。紙がエンボス(浮き出し)加工になっていたり、漆が使われていたりと、念が入っているものも少なくない。

児童文学者・大江小波が著した「富世少年気質」。和とじが施されている復刻版

   「復刻版では、ウルシではなくシルク印刷ですが、美しいことには違いありません。昭和50年代に出され、市場に出ている古書です。そんな美しい本を美しいまま残していければという思いは私の中で強いと思います」

 加えて棚に並ぶのは、青木さんが興味のあるジャンルがメインだ。すなわち、リチャード・スカーリーやクレア・ターレー・ニューベリーの「こねこのミトン」、宇宙や素粒子関係の読み物、そしてジャンルを問わず表紙の美しい書籍などが、こぢんまりした店内に散りばめられている。テーマが多岐にわたるのは、青木さんの興味が、四方八方に広がっていることに由来する。

製本教室で作られた作品。内容にあった柄を探すのもよし、好きな絵柄を自由に選ぶのもよし。融通無碍(むげ)に楽しめる

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