自慢は北欧関係の棚 人生を豊かにする良書と邂逅

ひるねこBOOKS (東京・谷中)

retroism〜article59〜

 出合った瞬間にファンになったという東山魁夷の「白夜の旅」を手に、「ひるねこBOOKS」の店主・小張隆さんが静かに話し始めた。

北欧関係の古本が充実している店は珍しい。小張さん自慢の棚だ

「1963(昭和38)年に出版された本です。デンマークから始まって北欧各国を巡った東山魁夷が書いた日記風の紀行文。現地の様子が画家の目を通して生き生きと描かれています。文章もいいし、随所に現れる東山自身による景色や建物の挿絵もとても味わい深いんです」。ページをパラパラとめくりながら、小張さんの熱弁が続く。「北欧の空気感までも伝わってくる良書です。希少本というわけではありませんが、好きな人はあまり手放さないでしょうね。装丁も素敵でしょう?」。この本が並ぶのは、店の奥にある小張さん自慢の北欧関係の古書の棚だ。「北欧関連の本が量的に多めです。大前提として、僕自身が実際に訪れて好きになったということがありました」

東山魁夷の「白夜の旅」1200円。文章や内容もいいが、自筆の挿絵がなんとも素晴らしい

 その大前提と、本屋をやりたいという気持ちとがクロスした。「興味をもって詳しく調べていくと、ライフスタイルや社会の仕組み、美しい自然など、惹(ひ)かれる部分がたくさんあり、本屋を営むにあたって、自分の好きな北欧の文化や社会などを、お客さんに伝えられればいいなって。新刊と既刊、文学や美術系などがメインですね」。北欧の棚はまさに、小張さんが発信していきたい、ひるねこBOOKSの肝である。

スーツケースに洋書や機関車トーマスが並
べられていた。置く本はその時によって違う

 出版社で営業をしていた小張さんは、仕事をしていく中で、自分で本屋を開きたいと考えるようになった。「営業の仕事は、充実していたし楽しくもありました。でも対するのは書店員や学校関係者がほとんど。僕自身が読んでほしい本を直接読者に届けたいという思いが仕事を通して湧き上がってきた感じです」

子供向けの本もひるねこBOOKSの柱の一つ

 今の時代、新刊だけを扱うのは商売的には厳しい。古本を同時に売っていくのは、自然の流れだった。店をオープンさせたのは2016年の1月。4年経っても、小張さんは新刊に対する思い入れは持ち続けている。「なぜなら、今という時代の空気感が詰まっているからです。生きている著者が、今という時代に対してなにかを問うているのが新刊本です。文芸であっても絵本であってもそれは同じ。その中から、自分がこれだと思う本を薦めたいとうのが、僕の根本的な欲求としてあるんです」

「Between the Lion」はパペット付きの学習ブックだ。

 ただ、書店を続ける中で、古本の面白さも同時に味わっていると小張さんがうなずく。「もともとは、自分の選んだ本を読者に届けるのが僕の願いでした。ところが、古本は買い取りなので、僕の知らない本がたくさん入ってきます。自分の興味の範ちゅう以外の本が、ひるねこBOOKSの半分の空気を作ってくれている。新刊は自分の責任で仕入れますが、そうすると自分のセレクトショップになってしまう。古本は、街の人またはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて遠くから送ってくれる人が読んだもの。彼らの趣味だったり志向だったり、雰囲気であったりが店に入り込んでくる面白さがありますね」

子供の頃から図書館が身近で、物心ついた頃から本があるのが当たり前だったという小張さん

 古本は誰かの手を経由して小張さんの元へと届く。時間経過の中で、重層的な魅力を確実に持つことになるのだ。それらは、暮らしの中に豊かな空間を作ると小張さんは力を込める。「本から得られるものは、とても深いんです。古本ならばなおさら。誰かが読んだものを引き継ぐこと。内容も含めて、誰かが読んだということに対する共感は、思考や感情を豊かにしてくれるのです」

若い作家の絵本やグッズなどもコーナーをつくって販売する

 そんな小張さんの思いを発信する場所として、谷根千というエリアにも重大な意味が潜んでいる。まず魅力を感じたのは、個人商店が当たり前のようにあるところだ。「郊外には、大きなショッピングモールがあって大きな企業の店や有名チェーン店が乱立しています。でもここでは、八百屋さんや魚屋さんなど『なんとか屋さん』が普通に存在していて、そこで住民が当然のように買い物しています。すごく新鮮でした」

 加えて、谷根千エリアには、あらゆる古いモノが残っているところも、小張さんにとって居心地が良かった。「昔からの風景があり、骨董品を売る店や古着屋、もちろん古本屋などもたくさんあります。つまり、昔から使われているものを愛する土壌があるんです。少なくとも、古いものが好きだったり、小さなものが好きで、大きなものはあまり好まない人たちがいて、彼らにとって、この谷根千という地域は形作られています」。だとすれば、自分がやりたい小さい商いである古書店も、この場所ならば受け入れてもらえると思ったし、似合っているとも感じた。

小張さんの思いがいっぱい詰まった店内には、柔らかく温かな空気が充満している

「さらに、人間同士の昔ながらの付き合いが残っている土地柄であるのも好感が持てました。商売をしていて、他の店との繋がりや、お客さんとのコミュニケーションがごく自然にあります。その関係性の中で、自分が感銘を受けた本を、僕の店に託したいと思ってくださる人が少なからずいてくれる。本を売り買いする行為は、知識や教養、趣味、文化などをまるごと引き受けることですし、次の人に渡していくのが店の役割であり責任だとも思っています」。古本は、その存在自体が人と人を強力に結びつける媒介だ。さらに古本の魅力を小張さんはこう解説する。「個人的に手放したくないと思う本も時にはあります。でも自分で抱え込まないで、好きな人が読んでくれればそれでいい。縁があればまた必ず戻ってくるんです」

 新刊と古本の割合は、3対7ほど。ジャンルでいうと、児童書、猫、北欧、美術関連などをそろえる。一番多いのが絵本だが、そこにも小張さんの思いがある。「もともと児童書を多く出す出版社にいたので、自分にとっての得意分野であることと、子供たちに対して良質な本を届けたいという願いがあります。僕自身が子供の頃に体験した、『本に親しむ楽しさ』をこれからの子供達にも味わってほしいと思っています。そうすることで将来、本があって当たり前の大人に成長してくれると思うんです」

谷根千エリアの中心地から少し離れた比較的静かな通りに店はある

 今、出版業界では、絵本に注目が集まっていると言われる。「教育をおろそかにせず、きちんと掛けるべきお金は掛ける雰囲気が世間にあるのが一因でしょう。同時に、紙の良さも見直されています。子供にとって、紙で作られた絵本を触ることは大切です。手触りやめくる感じ、自分のペースで前のページに戻れるのはやはり紙ならではだし、その良さは無くしたくないですね。僕の中には、そこに対する『愛』も確実にあります」

 最後に小張さんは、その橋渡しを自分ができることが幸せだと、優しい笑顔で言った。

ひるねこぶっくす
東京都台東区谷中2-1-14-101
📞070-3107-6169
営業時間:午前11時〜午後8時
定休日:火曜、第2水曜日
https://www.hirunekobooks.com/
文・今村博幸 撮影・岡本央

 

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