100年続く写真館が提供するセピア色の思い出

柳田写真館(神奈川・横須賀)

retroism〜article47〜

 ひとりの力では作り得ないものがある。「創業100年超」という歴史も、何人もの手を経て磨かれ、培われて初めてなし得ることだ。1914(大正3)年創業の「柳田写真館」は、現館主・柳田隆司さんの祖父・浅次郎さんが始め、100年を超えて今も生き続ける。神奈川・横須賀の丘の上で、地域の人たちと繋がりながら、彼らの人生のひとコマひとコマを活写し続けてきたのだ。

じゃばらのボディが郷愁を誘うカメラ
は、ついこの前まで現役だったという

 柳田写真館では、往年の写真スタジオにあった品々が、今でも大切に使われている。例えば「背景」だ。一枚の記念写真が生まれる時の名脇役である。「6〜7枚ぐらいあります。中でも、この一枚は、昔から気に入っていたものです。傷んできたので最近描き直してもらいました」。そう言った柳田さんが見せてくれたのは、細い柱が画面右側にあり、足元には、アジサイに囲まれた小道が描かれた背景だった。「柱は昔のまま、現代の服装に合うように明るい色調にリメークしてもらいました。これは、初代が好んで使っていた背景なんです」。日差しがたくさん当たって暖かそうな、かつてどこかでみた気にさせる懐かしい風景だ。お気に入りの「背景」の前で、写真館に対する思いを語る柳田さん
 用途に合わせて使い分ける椅子も、写真館にはなくてはならない小道具。昔ながらのあらゆる形状の椅子がここでは健在だ。「古いものなので、張り替えたものもありますが、創業当時からいまだに現役です」。アールヌーボーを思わせる布地を貼ったベンチがあり、背の低い猫足スツール、渋いあめ色の丸椅子などが、しっかりと残る。店主のトラディショナルな写真館への愛情がジンワリと伝わってくる。

 さらに写真館には、1900年代の初頭に製造されていた、アメリカのアンソニー型大判カメラが飾られている。撮影者が黒い布を被ってピントを合わせ、フィルムを一枚ずつセットする。手間と時間をかけてなくてはならないこの機材は、初代と2代目館主両夫婦も使っていた。「このカメラで撮影するとき、モデルさんは何秒も動けないんです。そのために、首を抑えて固定する特殊なスタンドもどこかにあると思いますよ」

かつての写真館には必ずあった、時代を感じる椅子が撮影用に用意されている

 もう一つ残っているのが、表紙が布製のアルバムだ。一昔前の家庭には、たいていあったし、いまだに持っている人も少なくないはずだ。その一つひとつには、おびただしい数の白黒写真が貼られ、柳田家の人々が表情を作ったり、すまし顔で現れる。思い出を懐かしむきっかけとなるアイテムが、まだ印画紙に投影されたものしかなかった頃の、輝かしい遺物である。手触りが懐かしさを感じさせるアルバム。貼られている写真は、プロのカメラマンが撮った、一味違う写真ばかりだ
 時代は移ろい、誰もが気軽に写真を撮り、紙で見せ合うことはほとんどなくなった。写真のあり方自体が変わってしまったのだ。しかし、写真や撮影に絡む人の営みは昔とまったく変わらない。「成人式の日に、羽織袴、スーツ姿の男の子が8人で来たんです。『ここなら撮ってくれるんじゃないかと思って』と言って店に入ってきました」。晴れの日にみんなの姿を写真に残したいという。価格を説明すると、新成人たちは割りきれない分を誰が多く出すか、ジャンケンで決めた。「その中の一人が海外に住んでいて、誰が彼へ送るためのお金を出すのかも、ジャンケンで決めてました。みんなうれしそうでした。ほほえましかったなあ」と言う柳田さんの目は温かい光を帯びていた。

布張り、黒い台紙の時代感あふれるアルバムには、柳田家の面々の写真がたくさん残る

 昔と変わらないのは、あらゆる人が写真を撮ってもらいに来るという事実である。子供の成長に合わせた撮影はもちろん、いろいろな節目で人は、写真館を訪れる。それは幸せなときばかりとは限らない。「来週から抗がん剤治療が始まるから、髪が抜ける前に、遺影用の写真が欲しくて来たっていう人もいましたね」。そのとき、自分のポートレートの他に、兄や妹も一緒に記念写真を撮った。写真の上がりを見たら、誰もがすごくいい表情をしていたという。「僕の腕だけではその表情は撮れません。いい写真が撮れるのは、お客さんの人生のリズムが生み出すパワーです。カメラマンの仕事は、そこにタイミングを合わせてシャッターを切るだけなんですよ」

堂々たる容姿のアンソニー型の大判カメラ。脚の部分は、今では考えられないぜいたくな作りだ

 話を聞いているうちに、写真館で写真を撮るという行為が、尊いことのように思えてくる。ほとんどの人が、スマートフォンという写真を撮る道具を所有する今の時代、写真館の存在意義があるのは間違いない。「写真館とはなんなのか?」改めてそんな質問を投げかけると、柳田さんは逡巡(しゅんじゅん)してこう言った。「人生に区切りをつける場所じゃないでしょうか。けじめと言ってもいい。写真を撮ることで、いったん立ち止まり、リスタートを切れるんだと思うんです」

写真館は、家族で営なまれている。3代目の
司さん夫婦と2代目夫婦が店の前で。カメ
ラを手に持つお父さんの姿がりりしい      

 そんな場所は、今他にあるのか甚だ疑問だ。少なくとも、柳田さんは、人々の「人生の区切り」を記録し続けてきた。時に淡々と、また時に自身の心に何かを刻みながら。

 写真館を訪れる人のドラマは、いくら時を経ても変わらないアナログの世界だ。感情的で感傷的、そして魅力的なのである。

やなぎだしゃしんかん
神奈川県横須賀市上町3-53
📞046-851-0880
営業時間:午前9時〜午後6時
定休日:不定休
https://yanagidaphoto.com/

文・今村博幸 撮影・岡本央

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