縁側と庭、水影が楽しい下町の銭湯

タカラ湯(東京・北千住)

retroism〜article27〜

 「タカラ湯」には、かつて下町に漂っていた風情が今もなお残っている。如実に表れているのが、男湯の窓外に作られた縁側と庭だ。庭には池が掘られて、大きな錦鯉が悠々と泳いでいる。

奥の壁は一時期、タイル張りのみだったが、銭湯として富士山の絵がないのは、画竜点睛(てんせい)を欠くと思い、銭湯絵師の中島盛夫氏に依頼

 1927(昭和2)年、現主人である3代目松本康一さんの祖父が、荒川土手近くに創業したのが、タカラ湯の始まりだ。その後、まとまった土地が手に入り、現在の場所へと動いたのが、38(同13)年である。「創業90年になります。祖父は残念ながら、ここができてすぐに亡くなって、祖母が女手一つで切り盛りしてたようです。この庭は、こちらに移った当初からありました」と松本さんは語る。

カラン(蛇口)にある宝の文字は、メーカーの名前。偶然、その会社を頼んだだけだ。誰もがどこかで繋がっていると思わせるエピソード 

 縁側と庭は、「キング・オブ・縁側」、または「キングオブ庭園」とたたえられる。30年ほど前に、ある銭湯ライターが取材に訪れ、「3800件ほど銭湯に行ったが、こんな庭と縁側は見たことがない!」と言われたことに由来する。

 縁側があるのは男風呂の脇だ。深い茶色の木でできた床と手すりの、時代を経た落ち着きがたまらない。ところどころに椅子が置かれ、くつろげるようになっている。まるで、老舗旅館か高級料亭の座敷にでも通されたような、せいたくな気分を味わえるのだ。脱衣場から湯船に至る建物の西側は、すべてが木枠の透明なガラスで、どこからでも庭が見通せる。浴槽の真横に当たる位置には、池も設えられ、悠々と泳いでいるのは20匹以上の錦鯉だ。「庭は、こちらに移った昭和13年から、ほとんど変わってません」。外を眺めながら松本さんが続けた。

庭の池には錦鯉が20匹以上。人に慣れているので、頭をなでることもできるそうだ

「体を洗う場所が銭湯ですが、同時にくつろぐ場所でもあるます。こういう場所があるのとないのとではずいぶん違うと思います。遠くからいらしてくれるお客様もいて、のんびりしていく人もたくさんいらっしゃいますよ」と松本さんは胸を張る。

「最初は、職業としての風呂屋に対してあまり興味はありませんでした。父の代で終わりだなぐらいに考えていました」。元々、松本さんは、プロのカメラマンでもあった。「でも、実際に継いでみると、毎日風呂を楽しみで来てくれるおじいちゃんやおばあちゃんをはじめ、多くのお客様がきてくださいます。彼らのさっぱりした顔を見てると、継いでよかったなって思いましたね」

花王石鹸(せっけん)が2年前、創業130年を
記念して伝統石鹸「花王ホワイト」を復刻。併
せて作られたポスターが女湯に貼られていた

 銭湯を続けるうちに、別の楽しみがあることにも松本さんは気がついたという。「こうやって取材を受けていろんな人と話せるのも楽しいし、緑をバックに写真が撮れるということと、ゆったりしたスペースが確保できるので、女の子のモデルさんを使って、水着のグラビア撮影で場所を提供することもあります」。映画やドラマの舞台にもなった。自分が見慣れた風呂屋という景色が、撮影が入るなど、別の使い方をされることによって、松本さんの目には、自分の銭湯がまた違って映ったはずである。「さらにイベントもあります。それも大変ではありますが、楽しいですよ」

自慢の縁側と庭をバックに自身の銭湯を語る松本康一さん

    イベントを開こうと思った理由を松本さんが説明する。「営業は午後3時からですから、空いてる時間があります。その時間を使えないかなと考えたのが始まりでした」。最初の頃は、近所のイラストレーターが個展を開いたり、カメラマンの写真展のために、場所を提供した。やがて、ジャズなどの音楽会も開くようになる。ロッカーが移動できるので、50〜60人ぐらいが収容できるスペースが確保できたのも幸いした。

    また、数年前に催した、「THEクイーンオブ縁側」と銘打ったイベントも、盛り上がった。「女性にも縁側を楽しんでもらえるように、水曜日だけ男女の風呂を取り替えたんです。その時、縁側で撮った写真を応募してもらい、投票結果で、『クイーンオブ縁側』を選び、最終的には私が撮って発表しました。それもこれも縁側があったからこそできたことでしたね」

縁側と庭が見える脱衣場と風呂場は開放感抜群。取材時は窓が開いていて、これ以上ないほどの気持ちのいい風が流れていた

 肝心の風呂は、風呂釜の底から気泡を出すバイブラ装置が備えてあったり、赤外線風呂で体をポカポカにしたり、また、血行を良くして発汗作用のあるゲルマニウム風呂など、あらゆるリラックス効果が期待できる浴槽が用意されている。そして使う水は、「きれいな井戸水」である。「東京はまだ井戸水が湧いていて、使ってる銭湯は多いと思いますよ。うちのは、地下180メートルぐらいから吸い上げてます」。井戸水が使われていると聞くだけで、なぜかうれしくなってしまうのだ。

北千住駅のそばにある閻魔(えんま)を祀(まつ)った寺社にちなんで描かれた地獄の図。「悪いことをすると、こうなるという教育の意味もあるかもね」と松本さん

    最後に一つ、タカラ湯を訪れたらぜひ見てほしい景色がある。太陽光が庭の池や浴槽の水に反射にして、天井などに映る「水影」だ。西向きに解放された窓からは午後になると、ふんだんに日が差し込んでくる。しかしその影は、当然のことながら、晴れた日しか見ることはできない。さらに、開店する午後3時から日が沈むまでの数時間に限られる。しかも、季節によって、あるいは時間によって、水影の映る場所は移ろい、多彩な表情を見せるのだ。

宮造り千鳥破風(ちどりはふう)の店構えは圧巻。横に回ると煙突も見える

「銭湯の壁はタイルで覆われているか、ガラスがはめてあっても、大抵は曇りガラス。透明なのはあまりないと思います。うちは、庭があってその先に高い塀があるので、素通しの窓で大丈夫なんです。ちょっと開放感がありすぎますかね」

 水影――。忘れていた風情のひとつである。

たからゆ
東京都足立区千住元町27-1
📞03・3881・2660
営業時間:午後3時〜午後11時
定休日:金
文・今村博幸 撮影・柳田隆司

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