昭和感半端ない近代商業建築の洋食屋

 洗練とは、幾多のトライアンドエラーを繰り返し、反復練習の末に初めて得られるある種の到達点である。そこに至るには、歴史と言う名の膨大な時間が必要だ。パリー食堂の唐揚げは、まさにその極みを思わせる味なのだ。「俺はね、ここを出たことがないんだ。だからちっとも料理が上手にならないんだよ」。笑った川辺さんは、自分の過去をほんの少しだけ明かしてくれた。「親父が早く死んだから、料理を教えてくれたのは母親だったんだ。俺が店に入った当時はけっこう忙しかったよ」

今ではほとんど見かけなくなった独特の形をした石油ストーブの上には使い古されたやかん。「いつからあるのかなぁ。だいぶ前からだな」と川辺さん

 秩父は昔から、セメントと木材と絹織物で栄えた。羽振りのいい職人や職工が街を闊歩(かっぽ)した街でもある。彼らの相手をする芸者衆も多い時には80人を数え、20軒を下らない数の置屋もあったという。男たちは、芸者を呼んで遊ぶ時、パリー食堂の2階の座敷を使った。凝った外観と洋食という珍しい食べ物が、男たちの自尊心を満足させたに違いない。

「当時は、今の食堂という形態とは違って、女給さんもたくさんいた料理屋だったから、2階で宴会も頻繁にあったよ。海老フライなんか食いながら、芸者遊びするんだな。あとは、周辺に遊郭もあったから、トンカツなんかを土産に持って行ったお客さんもいたよ」。パリー食堂に出入りする男たちは、さぞモテたに違いない。なにしろ、珍しい洋食が土産なのだから。

レトロイズムからの取材申し込みが「パソコン マガジ」とカレンダーにメモされていた。惜しい!

 今や、観光地へと姿を変えた感のある秩父。しかしその土台には、パリー食堂のような昔ながらの洋食屋(料理屋)が築き上げてきた個性的な食文化がしっかりと根付いている。

ぱりーしょくどう
埼玉県秩父市番場町19-8
📞0494・22・0422
営業時間:午前11時半~午後8時半
定休日:不定休

文・今村博幸 撮影・柳田隆司

 

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