あの頃が蘇る 昭和歌謡の宝石箱

 ところが時を同じくして、東日本大震災が起こる。日本中が混乱し悲しみのどん底に突き落とされた。そして震災から2年。人々や世の中が少しだけ落ち着いてきた頃に、杉本さんたちはふと気づいたことがあった。

 「皆さんの気持ちが変わったのではないかと。あるいはリセットされたのではないかと。ラジオやテレビで、おそらく半ば意識的に昔の名曲が流れたり、懐かしい歌がテレビで再評価されたりし始めたんです。そこで我々が感じたのは、日本人が一旦立ち止まって考えた時、自分の国にもこんないい曲があったんだと誰もが思っているという空気でした。結果としても、昔の曲が、暗かった人の心を明るくしたように感じたのです」。ちょうど、レコードカルチャーが盛り上がるという流れもあった。 

店長の杉本さんが選んでくれた3枚。(右から)ジュリーとちあきなおみ、岡田有希子。どれも、歌謡界でくっきりと足跡を残してきた歌手だ

 「僕らの子供たちの世代が、中学・高校生になって、中森明菜とか、全盛期の聖子ちゃんとか、ジュリーとかをユーチューブで知って衝撃を受けるんです」。彼ら彼女らは両親に「沢田研二って知ってる?」などと聞く。「大スターだったのよ」と母が答える。「そんな会話も時間軸をリセットしました。たまたま聞いた昭和歌謡が耳に残る、または心を揺さぶるところまでいくかもしれない。若い子たちも、今の新人アーティストと並列したスターとして、もっと言えば新曲を聴く感覚で古いレコードを買い求めると言う部分もすごくあるようです」

 さらに、歳を重ねた大人(50代でも60代でもいいが)にとって、歌謡曲はある意味、若かりし日の儀礼のように、一度は開けずにはいられない扉だった。情報伝達ツールとしてのレコードは、今のリスニング環境におけるツールよりもずっと深く、我々の中へ入り込んでいたのだ。いまでこそ、ジャズが好きだったり、クラシックが好きと言う人たちがいる。でも、と杉本さんの目が輝く。「よくよく思い出してください。今、いろんなジャンルに特化して曲を聴いてる人でも、幼い時に一度は歌謡曲を聞いているはずです。ハマった人もハマらない人もいますが、皆さんそれなりに歌謡曲好きだったでしょう、って思うんですよね」。言われてみればその通り。昔はみんな歌謡曲が好きだったのだ。そんな気づきや発想がきっかけとなり、ついに店はオープンする。杉本さんは、オープン時からのスタッフだ。

買う前に、シンプルで懐かしいポータブルプレーヤーで視聴できる。ガチガチのオーディオプレーヤーでないところがミソだ

蓋(ふた)を開けてみると、客からの反響が思った以上だった。「こちらが驚いたほどですね」。杉本さんの分析はこうだ。「今も輝いているミュージシャンは、ほぼ間違いなく、歌謡界に足跡を残している人が多いんですよ。名曲を残したりヒット曲を出したり。その人たちを、掘り起こしてみると、やっぱりいい曲たくさんあるんですよね」

 棚はアーチスト名のあいうえお順。「このシンプルな並びが、お客様も我々も、一番探しやすいと思っています」と杉本さん

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