古本にとどまらない池袋のワンダーランド

古書・往来座(東京・池袋)

retroism〜article7〜

  Y字の木の枝にゴムをつけ、小石を飛ばす自作のおもちゃは、パチンコと呼ばれていた。どの年代の人までが遊んでいたかは定かではないが、少なくとも60歳前後の人ならば、いや50歳以上ならば、子供の頃の記憶に鮮明に残っているはずだ。そんな懐かしい商品が置いてあるのも古書店「往来座」の魅力だ。赤いパンツが憎らしいほど似合う店主の瀬戸雄史さんが、ほがらかに話す。「店の中はシュールでありたいんですよ。なんでここにこれが?っていうのがいいと思っています」

「小さな逃亡者」を撮り、ロバート・キャパを撮ったことでも名をはせたルース・オーキンのポートレートパネル。シブい

 ほかにも、妙なグッズが随所に散りばめられている。年代物のタイプライターや8ミリカメラ、古い医療器具や木製のコマ、メモリのない三角定規(いつの間にか何者かに買われ、現在はない)など、本を目当てに来た人でも、思わず本を探すのを忘れる。

「その時に何となくトキめいたら」何でも売るのが、瀬戸さんの
ポリシー。古いタイプライターも売れ筋商品の一つだという

 もう一つの大きな特徴は棚にある。市販されている棚の隙間を埋めるように、瀬戸さん自作の棚が、随所に組み込まれているのだ。一般的に古本屋で語られる、「特徴ある棚」とは、「希少本が並ぶ」だとか、「巨匠の作品の初版本を集めた」などが正道だが、往来座の中では、意味合いがだいぶ違う。「工作が好きなんですよ。工夫して自作するのが何より楽しいんです」。実際に、あっと驚く仕掛けが、瀬戸式ともいうべき棚に散りばめられ、名前までつけられている。ちなみに、瀬戸さんは物の名前をつけるのも好きだと言った。「この棚から飛び出している棚は、ゴンドラ式になっています。名前は『ホンドラ』。そしてこの大作が、動く本棚。山脈みたいなので『アルプス』です」。高さ2メートルほどの真っ赤に塗られた棚を動かしながら、瀬戸さんの表情は満足げだ。

「書店にある平面的な棚で自在に動くのは、東京広しといえども、珍しいでしょう。しかも上から下まで面出し(本の表紙を見せる陳列の仕方)で置けます」。ただし、動くメリットを尋ねてみると、背後のスペースに在庫を置けて、それを取り出すのが容易なぐらいで、ずば抜けて利点があるわけではないらしい。だが、「書店の本棚が動く」という事象には、確かにワクワク感があると認めざるを得ない。

瀬戸さん自慢の動かせる手作り本棚。面出しで並べることを前提として作られた「アルプス」

 さて、往来座の古本屋としての魅力も見ておこう。まず、店主が根っからの本好きであるのが頼もしい。「本との関わりの原点は、子供の頃に、母親が絵本を毎日読み聞かせてくれたことにあります」。これは間違いなく筋金入りだ。物心ついた頃には、すでに本が顔の近くにあったのだ。「その後は、作家ごとに読んでいきました。小学生から中学生にかけては、主に手塚治虫。その後は灰谷健次郎を好きになり、吉行淳之介、野坂昭如に移り、第三の新人を追いかけているうちに、尾崎一雄になり、高見順まで行ったあたりで、作家個人を追いかけることはなくなりました」

赤塚不二夫の展覧会の図録、ファンにはたまらない書籍も、数多く並ぶ

 大学1年の頃から古本屋で働き始める。まるで、「ミュージシャンが、学生の頃からプロとセッションをし始めて……」みたいな話だ。44歳の現在まで、本を商い続けてきたその実力は、推して知るべしである。「僕は、小説が好きですし本も好きです。同時に、集めるのが好きなんです。本っていうマテリアルが好きなような気がします。この本が欲しいと思って手にとり、触れている瞬間が最高に幸せを感じるんです。収集癖があるのかもしれません」そんな瀬戸さんがの収集癖に基づいて、集めたのは、文芸、映画、美術がメイン。その他のジャンルは少しずつだ。「得意で好きなジャンルを集められたらいいなと思ってこの店を始め、その望みに近づこうとしていたらこうなりました。今後もまた変わっていくでしょう」

 一方で瀬戸さんは、店周辺の地域に向けた視線も持ち合わせている。「店から5分ほどのところには都立雑司ケ谷霊園があって、夏目漱石、永井荷風、泉鏡花、小泉八雲など、日本文学史を燦然(さんぜん)と輝く作家たちが眠っています。だから、彼らの著作は極力置くように心がけているんです。この地域で営む店であることを意識したい。特に、漱石の文庫は常にあるようにしています」

面出しのために作られた「ホンドラ1号」。頭
を使わず、視覚で選ぶために考え出された棚だ

 瀬戸さんがなぜ古本屋を営むのかも尋ねてみた。「人は、食欲や睡眠欲と同じ一次的欲求で何かを信じることがある、と養老孟司氏が本の中で言っています。きっと僕は、本を信じているのだと思います」

 古本の魅力は、時間と空間を超えるところだと瀬戸さんは言う。それでもなお、オーラを放っているのが古本だとも言った。「ただ僕は古本屋として、ロマン派にはなれません。古書はあくまで商品であり、それで飯を食っている。だから、かつて存在した本が時間を経て往来座の本棚に収まっただけ、と考えるしかないのです」

店の前に並ぶのは、比較的値段の安い古本の数々。小説の文庫本や絵本など、あらゆるジャンルが集結する

  そうは言っても、古本屋で出合った本のページをめくった刹那(せつな)は旧友に再会したような懐かしい気持ちになるも事実。まるでタイムマシンで過去に遡(さかのぼ)っていくような、SFの世界に入り込んでしまったようなあり得ないことが自分の身に起こるのも事実だ。特に往来座は、そんな不思議な魅力に満ちている。それもこれも全ては、赤いパンツが「絶望的」に似合う瀬戸雄史さんという男の仕業(しわざ)なのだ。

こしょ おうらいざ
東京都豊島区南池袋3-8-1 1F
📞03-5951–3939
営業時間:午後12時~同10時(月~午後6時)
定休日:なし

文・今村博幸 撮影・岡本央

 

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする